山林での生活が与えてくれた発見の一つに、自分がさほど雨嫌いではなかったというものがあります。嫌いだったのは車が走るコンクリートジャングルに打ちつけられる雨水にすぎなかったということに。森に降りてくる雫たちは 木の葉で音色を奏でながら 大気を大地の匂いで包み込み、潜む木の子らを誘いだしてくるのです。自ら作った山道は 日々 変わることなく あり続けるものの、数えきれないほどの視覚的・聴覚的・嗅覚的・触覚的な違いに圧倒されるのです。そして、日課となった山道を歩く時間をとおし、自然界だけでなく日々の生活において、どれほど微かでありながらも、変化が永続的で一貫しているかに気づくことができるようになったのです。
何においても一刻を争うように この瞬間に すべてを手に入れたいと思いがちなタイプなため、日々の選択をとおし変化を徐々にもたらすことができるという「行動変化」への他の手段があるということに気づくまで、随分時間がかかったような気がします。幼いころから2-3年に一度は住む国が変わることが当たり前だったため、外的要因によって がらりと変わる機会を授けられることが普通だったのです。新しい国に引っ越すことは、まっさらなキャンバスで人生を描き直す絶好のチャンスであると。知人は誰一人いないからこそ、自由自在に なりたい自分をつくり上げることができるということ。結果として、すべてを過激に がらりと変える 外的変化に依存するようになり、自ら再現するようになったのです。
とはいえ、森林に囲まれ、多くの時間を一人で過ごす生活をとおし、変わることは 常に過激である必要はなく、じわじわと内側から湧き出るように生み出せるという事実に 徐々に慣れ親しむことができるようになりました。さほど過激ではないものの、一貫した意図の方が 時として、より徹底的でプラスの影響をもたらしうるということに。これを踏まえ、「行動変化」を自ら生み出すための要素を分解し模索するようになりました。
足がかり1: 行動
まず何よりも第一に、変化を実現可能なものに入れ替える必要があります。どれだけ やる気があるか、といった問題ではなく、むしろ、変化を現実的なものにできるよう、自発的に行動をとることができる気持ちになれる具体性あるものにしていくのです。
変化を具体的な行動に分解するとき注意したいのは、行動が実現可能なものでありながらも 簡単でありすぎず、同時に難しすぎて身動きとれないようなものにしないということです。求めている変化の本質と、それを手に入れるために必要となる要素が何かを明確にし、毎日 比較的簡単にとれる「行動」にしていくのです。
例えば、キャリアの方向性を変えていきたいと思い、必要となるノウハウを手に入れるためにワークショップに出席するかもしれません。もちろん、変化は、人生を画期的に変えるようなものでなくてもいいのです。2020年のパンデミックをきっかけに、新しい言語や楽器を習得しはじめた人は数多くいます。
重要なことは、求めている変化がどのようなものであろうと、それを実現可能、現実的、具体的、そして特定の時間軸に分けることができるものにするということです。そうすることで、行動が実行されたか否かが確認できると共に、日によっては行動に注ぐ時間を増減しながら調整していくのです。ここではSMARTゴールといった概念などを参照するといいでしょう。
足がかり2: 物語
「行動」を定めたら、求めている変化をとおし 自分がどのような人になりたいかの「物語」をイメージしていくといいでしょう。感覚としては、変化の何が最も魅力的なのかを考えながら、自分に新しい人格を加えていくようなものです。ここで役立つのは、自分の嫌いな部分をどう取り除くかを考えるのではなく、自分がなりたいと思う人のポジティブなイメージに集中することです。
自分と関連づけられていると思うイメージは、多くの場合、次第に自分のアイデンティティの一部になっていくものです。例えば、私がベジタリアンをやめたとき、最も難しいと感じたのは、ベジタリアンとしてのアイデンティティを手放すことだったのです。ベジタリアンという考えが さほど一般的でなかった90年代の日本において自分がベジタリアンであると宣言することで、社会規範から外れた、独自で進歩的な選択をしている人であるというイメージをつくりあげていたのです。よって このアイデンティティを取り除くと決めた瞬間、どれほど自分がベジタリアンであるということに執着していたかに気がついたのです。
自分が なりたいと思い描く人は、どんな人なのか。どのような行動をとる人なのか。どこに行き、どのような選択をとるのか。自分を高めるために、日々どのようなことに励んでいるのか。毎日の習慣はどのようなものか。どのような類のコトやモノに着目しているのか。どのような人々と有意義な時間を過ごしているのか。「行動」を考慮しながら これらの質問を掘り下げていくことで、変わりたいと思うポジティブなイメージと関連させる形で より厳密な「行動」を形にしていくことができるのです。
足がかり3: 設計
はっきりとした「行動」とポジティブな「物語」をとおし方向性を定めたら、次は これらを日常生活のスケジュールに組み込んでいきます。当たり前のように聞こえますが、「行動」を容易にとることができるための構造を設計する必要があるのです。一日の中で要される他のことがありながらも、普段の生活との関係で いいバランスを保ち、定めた「行動」を優先し実行する心の準備ができる場を設計したいのです。
一番シンプルな方法は、一日のなかで最も気を散らす要素が少なく 「行動」をこなすことができると思える時間帯にスケジュリングすることです。毎朝5分、平日 昼休みの15分、週末30分でもいいのです。自分だけのスケジュール帳に書き込むのでもいいですが、家族や友達や同僚との共有カレンダーも効果的です。
ここでの秘訣は、英語のaccountability(アカウンタビリティー) 。自分の定めた「行動」を実行する責任をとる構造をつくるということ。心の中で 自分との約束をすることで 形にもできますが、「行動」を公言することで、よりアカウンタビリティーを強固なものにすることもできるのです。
過去に広告業界で仕事をしていた時は、1時間の昼休みを利用して15分 泳ぐということをしていました。毎日泳ぐということを同僚に公言することで、スケジュールに自動的に組み込まれただけでなく、「今日も泳ぎに行くの?頑張って!」と、同僚が励ましてくれるというアカウンタビリティーの味方が生まれたのです。
足がかり4: 実験
変化を可能にするために、極めて重要なのが一貫性です。人によっては学校で一貫性の大切さを強調されすぎて、ネガティブな印象を持っているかもしれません。ここでは、存在するかもしれない一貫性のネガティブな印象や記憶をポジティブな体験にするために、実験するという発想を取り入れるといいでしょう。「行動」や「設計」を行わなければならない面倒な日課にするのではなく、自分が実験対象でありながらも 同時に自分が研究者であるという 実験プロジェクトとしてとらえるのです。
実験の対象として、自分の体験を日々 分析してみてください。何がワークし、何がワークしないかを観察するのです。うまくいっているのであれば、そのまま続けて。反対にうまくいかない場合は、自分がどうしようもない失敗だと思うのではなく、むしろ実験結果データのフィードバックとして迎え入れ、観察したうえで 「行動」と「設計」(場合によっては両方、もしくは一方のみ)を調整するのです。調整された行動を記録に残し、実験実践とフィードバックのループを繰り返すのです。
このおかげで、私が毎朝 行う 運動や動きの取り組みの一部である 自重トレーニングは、常に移り変わります。当初は3分からスタートしたものが、いまでは8-10分程度のものに。とはいえ、その日の体調によって時間を調整していきます。時間を短縮する日もあれば、コンディションによってはセット数をあげたり、自重トレーニングの内容自体を変えたりすることもあります。
忘れてはならないのは、「行動」の構造を「設計」するとき、完璧を目指さないということ。むしろ、その日 または その週、自分が実行できたことを記録し、データを分析し、変更調整していく実験プロジェクトなのです。毎朝5分がワークしないなら、毎朝3分に変えてみたり、頻度を二日に一回に変えてみたり。実行できなかった自分に対して自己嫌悪になるのではなく、他の方法を見出してみるのです。
自分自身の状態を観察しフィードバックを見逃さないよう、日記を残すのはとても有効です。もちろん、よりシンプルなものを求めているのであれば、Way of Lifeなどといったアプリは、簡単に「行動」を記録に残し、週ごとで見直していくのに役立つでしょう。なお、より客観性とアドバイスを求めているのであれば、似たような目的意識を持つ友達と意見交換することや、特化している分野のコーチやパーソナルトレーナーと共に取り組むというのもいい方法です。
足がかり5: 空間
最後の足がかりとしてあるのが、環境です。環境は 当然のようにそこにあって、それでいて本当に大きな違いをもたらします。ここでの環境とは、身の回りの人々、どれだけ身の回りの人々からサポートを得られるか、そして自分を取り囲む物理的な空間を意味しています。日々やりとりをしている人々に、行動変化の実験を開始したことを伝えるだけでなく、このプロセスをサポートするために どのようなことを身の回りの人々ができるかを伝えることは、とても有意義です。
同時に、環境には二種類あるということも忘れずに。自分のコントロール外の環境(例:天候、パートナーが考えていること)と、自分が影響できる環境(例:何を購入するか、どの食器を使うか)があるのです。もちろん、これには様々な度合いがあり、人それぞれです。重要なことは、自分が直接影響できるものが何であるかを明らかにすることで、より「行動」しやすい協力的で良い結果を導くような環境をつくりあげるのです。
2000年半ばより、私は様々な食生活を試してきました。ベジタリアン、ヴィーガン、ローフード、ケトジェニック、パレオ、時間制限のある食事、エリミネーション食事法、など。どれにおいても最初の4つの足がかりは必要不可欠であることは確かであるものの、どれほど身の回りの空間のもたらす影響力が強いかを痛感してきました。
特定の食生活を実践しようとしているとき、食べてはいけない食べ物が住環境の中にあると、抵抗するのが難しくなります。生活を共にしている人が、自分の食生活に合わない食事をつくってくれたら、断るのが難しくなるのです。よって、自分の食生活に適さない食べ物がない環境を保ち、共に生活している人々からも同様の理解とサポートを得られることは、本当に大きな違いをもたらすのです。もちろん、これは誰と共に生活をしているか、相手がどのような食事制限を必要としているか、相手との関係と そこにおける自分の役割にも左右されるでしょう。とはいえ、実現しようとしている「行動」、「物語」、「設計」、「実験」にとって より協力的な「空間」へと影響を与える方法をクリエイティブに見出すことは、驚くほどに効果的なのです。
終わりに
行動変化は、時として見えないほどに微かなものなのです。それでいて、日々とる行動が未来の私たちを形作り、進化させるのです。この瞬間の決断と行為が、方向性を変えるのです。今日の私に辿り着くまでには多くの歳月がかかり、これから先も私の考えは変わり進化し続けるものであるものの、この微かな行動変化の実験を続けていくことに 心からワクワクしています。
最後に、行動変化について掘り下げたいと思われる方々に二つほど。まず、ご紹介した「行動変化」という考えは、一般的に英語で behavior change と言われているものです。英語ではあるものの、最近公開されたアンドリュー・ヒューバーマン博士のポッドキャスト “The Science of Making & Breaking Habits” はオススメです。脳の神経科学と関連して、習慣の形成と排除の科学を深く掘り下げていきます。もう一つがジュリア・キャメロンの「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」という本です。この本は私自身、過去10年に渡って定期的に読み返しながら取り組んでいる本の一冊で、自分の人生における方向性を見定めるのに大いに役立ちます。