Baseworks技法の核心には、動きをコンディショニングする取り組みがあります。同時に、練習に専念することで浮き彫りとなる気づきへの内観を促し深めることを目的として開発されました。

Baseworks Transmission Conversationは異なる背景をもつ様々な人々との会話をとおし、目標達成のために何かしらの探求や実践に専念することから生じる具体的および抽象的な気づきの両方をみていきます。

それぞれの考えが主観的に紐解かれ、それぞれの会話は、身体的および内省的な体験の共通の特徴を明らかにし提示することを最終目的としています。

Baseworks Transmission Reflectionsは回顧的なTransmission Conversationに付き添うエピソードになります。

Baseworks Quest 4は意味を掘り下げる「探求シリーズ」で、芸術的に情報提供する方法で、異なる分野間の類似点をみつけ比喩を描写していきます。のびのびと自由、抽象的で冒険的なQuest 4はジャンルの垣根を飛び越え融合することで設計されていく、相関関係の放散ネットワークを介した視覚的な説明の旅路なのです。

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要約

このTransmission 対話では、Masaさんの生い立ち、パルクール・プロ・アスリートからムーブメントコーチへの移行、怪我をとおし体験し学んだこと、ムーブメント 動くことに注ぐ絶大な熱意とその裏にある理念、日本でムーブメントを広める活動に至るまでの系譜について掘り下げていきます。

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ABOUT MASA

Masaさんは日本を代表するムーブメント・コーチで、パルクール、ダンス、古武術、サーカス、キネシオロジーのバックボーンを持ち、元プロ・パルクールアスリート、元プロ・ダンサーとして世界選手権の出場や、世界中でワークショップやパフォーマスをする経歴を持っています。日本ムーブメント協会のコンテンツ・アドバイザー/特別顧問でもあり、日本での Movement Culture の第一人者として、Movement Culture の源流である Ido Portal Jozef Frucek をメンターに持つ唯一の日本人なのです。

Ido Portal Method, Fighting Monkey Practice, 武神館武道躰術 (戸隠流忍術)、パルクール、ストリートダンスの要素、技術、哲学を混ぜ合わせた『SHINOBI MOVEMENT』の創始者として、東京を拠点にプロ選手や芸能人、トレーナーや運動指導者に対してのマンツーマンのパーソナルトレーニング、企業や医療機関へ対しての研修セミナー、ワークショップや施設に対してのコンサルティング業務、トレーニング施設デザインや設計業務など、ムーブメントや身体操作というカテゴラリーで幅広く活動をしています。

ショーノーツ

03:24 – 日々のトレーニング

06:32 – パルクールに興味をもったきっかけ

09:06 – パルクールのプロへの道のり

10:39 – 忍術とアスリート一家の生い立ち

14:35 – 怪我とムーブメントへの移行

20:19 – トム、ジョセフ、イドとの出会い

24:55 – 動くことへのパッション

27:05 – 自分にとってのムーブメントとは

31:29 – Baseworks開催イベントでの体験

36:31 – True Moversの試み    

39:23 – ムーブメントコーチになるまで

42:34 – shinobi_mover 始動

46:39 – 日本ムーブメント協会の設立

49:44 – shinobiムーブメントメソッドと理念

52:58 – 協会と個人としての活動の差別化

55:55 – 日本ならでのムーブメント、日本特有の強さ

59:28 – 現代の日本がチャレンジすべき領域

1:03:25 – 世界でトップレベルの日本のトレーナー

1:05:03 – 捕食者から肉食へのパラダイムシフト

1:08:10 – 学者でもあった両親からの影響

1:10:36 – 生と死の境目で必要となる鍛錬

1:14:20 – 心技体の体を司るムーブメントの意義

1:17:11 – ムーブメントが五臓六腑に与えるもの

1:20:40 – いま一番ワクワクしていること

関連リンク

人物

Jozef Frucek  

Ido Portal    

Tom Weksler  

Marcello Palozzo   

江畑兄弟  

Zen Shimada  

Conor McGregor  

Steph Davis  

組織

WFPF    

Ollerup体育アカデミー    

日本ムーブメント協会  

Rizin    

Ignite Yoga    

GMB     

R-Body    

Best Performance Lab    

Linkrease Festa  

映像

Born to Move    

Jump London    

アルピニスト    

用語

武神館武道体術     

Yamakasi   

ブレイクダンス    

ナンバ    

五臓六腑    

関連情報

Instagram

Satoko Horie:

みなさん こんにちは。Baseworks技法 共同開発者 兼 指導者の堀江里子です。Baseworks技法はPatrick Oanciaが創出したムーブメント、動きに対するコンディショニングへの取り組みです。彼自身が体験を通し、練習に専念すること、それがモノの捉え方やライフスタイルにもたらす影響をとおして得た気づきに感化インスパイアされたものです。

Baseworks Transmission 対話は、目標達成のために何かしらの探求や実践に専念することから生じる具体的および抽象的な気づきの両方を掘り下げていきます。対話をとおし、これらの体験を表現するための共有できる語彙を見出すことが目的です。

Masaさんとの出会いは、2016年に開催したTom Weksler の Movement Archeryワークショップに参加するためにMasaさんが我々のスタジオに訪れたときです。これを機に、翌年の2017年にはBaseworks が限定開催した Jozef Frucek のFighting Monkey イベントに Masa さんを招待しました。

Masaさんは日本を代表するムーブメント・コーチで、パルクール、ダンス、古武術、サーカス、キネシオロジーのバックボーンを持ち、元プロ・パルクールアスリート、元プロ・ダンサーとして世界選手権の出場や、世界中でワークショップやパフォーマスをする経歴を持っています。日本ムーブメント協会のコンテンツ・アドバイザー/特別顧問でもあり、日本での Movement Culture の第一人者として、Movement Culture の源流であるIdo Portal と Jozef Frucek をメンターに持つ唯一の日本人なのです。

Ido Portal Method、Fighting Monkey Practice、武神館武道躰術 (戸隠流忍術)、パルクール、ストリートダンスの要素、技術、哲学を混ぜ合わせた『SHINOBI MOVEMENT』の創始者として、東京を拠点にプロ選手や芸能人、トレーナーや運動指導者に対してのマンツーマンのパーソナルトレーニング、企業や医療機関へ対しての研修セミナー、ワークショップや施設に対してのコンサルティング業務、トレーニング施設デザインや設計業務など、ムーブメントや身体操作というカテゴリーで幅広く活動をしています。

このTransmission 対話では、Masaさんの生い立ち、パルクール・プロ・アスリートからムーブメントコーチへの移行、怪我をとおし体験し学んだこと、動くことに注ぐ絶大な熱意とその裏にある理念、日本でムーブメントを広める活動に至るまでの系譜について掘り下げていきます。

お久しぶりです。

Masa Suzuki:

お久しぶりです。お元気そうで何より。こっちだと「こんばんは」なんですけど、里子さんの方だと、こんにちは?おはようございます?

Satoko Horie:

おはようございます。

Masa Suzuki:

グッドモーニングなんですね。

Satoko Horie:

グッドモーニング。

03:24 – 日々のトレーニング

今日は1日、どんなことしてたの?1日の大体、今日はこんな感じというような、平均的な1日ってどんなことするの?

Masa Suzuki:

日によって違うんすよ、全然。本当に同じ日が1日たりともなくて、なんていうのかな、週7で働くときもあれば、週3しか働かない時もあれば、みたいな感じなんですよ。でも、1日絶対自分のために3時間はトレーニングの時間、鍛錬の時間を設けるってこと絶対やってる。

Satoko Horie:

その3時間のトレーニングって何してるの?

Masa Suzuki:

1時間は絶対にセルフケア的な内観能力を上げるようなことやっていて、Zero Form っていう Fighting Monkey のプラティスのメソッドがあるんですけど、毎日 絶対 Zero Form は1時間やってます。

Satoko Horie:

残りの2時間はどう変えているの?

Masa Suzuki:

もう日によって、とか、その日の体が感じてるものによって 全然違くて。例えば、パルクールの練習をする時もあれば、ゴリゴリのストレングスやるときもあれば、吊り輪とか、ウェイトとか、格闘技、武術の練習をする時もあれば、ダンスの練習をする時もあれば、それこそ本当に自分がやったことないムーブメントリサーチを友達のとこ行ってやったりとかもあれば、みたいな感じ。

本当にその時のフォーカスだったりとか、この体が感じてることとか、自分に必要だな、その日に必要だなって思うこと、ま、天気とかも含めて。すごい、毎日変わりますね。後、どのくらい合間に開いてるか、セッションの合間とか、って感じで。

Satoko Horie:

毎日、その日の状態によって変えていくっていう話だったけれども、こういう形で3時間みっちり自分のために時間を作るというのは、どの位 前からやってること?

Masa Suzuki:

これはでも、もう、プロになって、プロってか、もう僕、18歳からプロだったんで、18歳から、多分13年間やってることです。

Satoko Horie:

18歳からプロだったんだけど、って言ったけど、18歳からは、何のプロの領域だったのかしら?最初は。

Masa Suzuki:

パルクールのプロでした。なんで、パルクールアスリートとして、CMだったりとか、パフォーマンスだったりとか、コーチングとかをやりながら、現役バリバリの医大生、医学部入ってキネシオロジーと医学について学びながら、あとの時間を全部 練習に費やす、みたいな、勉強と練習しかしないような大学生でした。

06:32 – パルクールに興味をもったきっかけ

Satoko Horie:

そもそもパルクールに興味を持ったきっかけは何だったの?

Masa Suzuki:

もともと武術やったりとか、興味だったりとか、サッカーとかもバリバリやってたんで、なんか、体を動かすのが元々好きだったんですよ。でも、なんていうのかな、いろんなことにちょっと燃え尽きちゃって。特にサッカー。クラブチームと学校チームのギャップをすごい感じていた時期に、サッカーについてのパッションがなくなってたんですよね。

で、その時にたまたま、パルクールっていうものを、世界丸見えっていう番組があるんですが、そこでジャンプロンドンっていうドキュメンタリーが流れたんですよね。2003年、2004年位かな。それを見た時に、この、長野県の戸隠っていう所で僕が育ったんで、密接に忍者とか忍術に関わりながら僕は幼少期を過ごしてた時に、凄いリアル忍者だ、てなって。そっから、すごい、もうサッカーにも未練がなくなってた時期だったんで。もともとプロのサッカー選手を目指したんですけど。ちょっとこれやってみたいな、って思って始めたのがパルクール。

それこそもう2004年からパルクールをやり始め、最初は、でも、全然SNSとかが発展してなかったから、マイスペースだったりとか、2チャンネルの掲示板に流れてる動画をダウンロードして、そこをひたすら画面クリックでカチカチンみたいにクリックして止めながら、いろんな動画を見て、見よう見まねで自分で研究して、やって。学校の先生に、そこ登っちゃいけませんって怒られて。両親には病院の回数券必要なんじゃないかって言われるぐらい、なんか色々怪我して。みたいな感じを、2004年だから、もう18年前からやって。で、それをやってた中で、2010年からプロですね。パルクールのプロアスリートとしてやってました。

09:06 – パルクールのプロへの道のり

Satoko Horie:

2010年にプロになるまでは、自力で学んで模索して、自分で研ぎ澄ましていって、ポーンとプロになってったの?

Masa Suzuki:

そうですね、リクルートされたんですよね。いわゆる WFPF って、World Freerunning Parkour Federation というのがあって、当時。

で、その前に僕はOllerup 体育アカデミーっていう、結構 日体大とかがつながってる由緒正しいパフォーマンスとか身体操作体育アカデミー、みたいな所に留学生として行ってたんですよ。そこが結構ハイレベルで、それこそシルクドソレイユのオーディションとかが結構 毎年行われたりとか、そこでね。結構 世界的なパフォーマンスを出してる学校なんですよね。そこに1年間留学してパフォーマンスアクロバットと、パワータンブリングっていうのを専攻して、そこで修行して、1年間。で、そっからのアメリカだったんですよ。

アメリカに行った時に、この WFPF に目をつけられて。で、自力で頑張って、サーカスの所でも本当にガチで学んで。そこのなんか両方のところがミックスして、すごい日本でも、世界でも結構トップレベルになった時に、この日本人はなんか違うぞ、みたいな、やばい、みたいになって、って感じです。

10:39 – 忍術とアスリート一家の生い立ち

Satoko Horie:

もともと長野で生まれ育ったのかな?住んでたという話があったと思うのだけれども。そこでの忍術っていうのは、どうやって?普通に生活したら手に入ってくるものなの?自分でどうやって出会ったり、掘り下げていったりしたの?

Masa Suzuki:

まあそれこそ、埼玉と長野を行ったり来たりの生活だったんですよ。で、この忍術のところが、まあ、すごくなんていうのか、長野の方だと結構盛んで、それこそ忍者村とか忍者博物館っていうか色々あるような所だったんですよね。

僕の親父が武術家で レスリングの、日本人なんですけど、アメリカに留学した時に武術バックグランドでレスリングの州チャンピオンになっちゃったような人なんで。ちっちゃい頃は体の動かし方とか、サッカーも含めて、武術のところも含めて、結構親父に叩き込まれたものが凄いでかいんですよね。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

母も結構スパルタだったんすよ。それでプラスアルファ。母は、ちょっと今 怪我してアスリート人生はちょっと引退しないといけなかったんですけど。元々、乗馬ってあるじゃないですか。乗馬の障害物を飛び越えるような乗馬があると思うんですけど、あれの元アメリカ代表なんですよね、僕のお母さん。オリンピックとかの。

なんで、すっごいなんか、親父にも母親にも、いろんな部分、体の扱い方とか、アスリートとしての心得とか、みたいのを結構叩き込まれながら、武道も含め、サッカーも含め、生活してった感じで。そこにたまたま忍術ってのがあって、という感じで育ちました。

Satoko Horie:

さっき病院に結構行かなくちゃいけないので大変だったって話があったけど、そういうのも ご両親はサポートしてくれるような、そういう環境で生まれ育ったってことなのかしら?

Masa Suzuki:

そうですね。もうだから何だろうな。なんかアスリートとして怪我するっていうのが普通ってこと、両親わかってたから、だから、やるんだったら、とことんやるの世界だったんですよ。2人とも、やるんだったら とことんやってきた方々だったから。

で、それこそ僕の真ん中の姉がフィギュアスケートの結構日本のトップレベルだったんですよね。それこそ、織田信成選手と荒川静香選手とか、フィギュアスケートの、と、一緒に練習して、インハイとか行っちゃう感じの姉だったんで。結構、身体操作一家でした。完全に。

Satoko Horie:

ご両親から受け継いだ体に対するケアの仕方であったりとか、コンディショニングしながら、保ちながら、持続的なものにしていくっていうことが根本的にあると思うから、そこで得たフィロソフィーみたいなものってあるかしら?

Masa Suzuki:

でも、そういうの一切教えてくれなかったんですよ。

Satoko Horie:

あ、そうなんだ。もう自分で学べって感じ?

Masa Suzuki:

いや、じゃなくて、親父とは、取っ組み合ったりとか、本当に筋トレとかトレーニングのやり方教えてもらったりとか、サッカーで1対1めちゃくちゃやったりとか、みたいな感じでやらされて。母には、どちらかというと礼儀作法の部分の方が大きかったかもしれないです。

14:35 – 怪我とムーブメントへの移行

Satoko Horie:

なるほどね。さっき怪我の話が出たじゃない?Masaさんのどっかの映像で、どのタイミングか知らないんだけれどもパルクールを多分やってる映像で、骨折した瞬間があったと思うのね。骨折した瞬間があって、その後、なにしろ、足にギブスか何かをつけていて。その後、その前とその後の、なんか、その瞬間の映像があった気がするんだけど。

で、その後の、動きっていうのが、それまでは、もちろん足が使えるから足を使いながらジャンプする、みたいなことをやってたんだけど、その後は、ただやめるんじゃなくて、安静にするんじゃなくて、ギブスはめながらも上半身を使って。上半身のスキルがものすごい それで上がってったような印象があって。

Masa Suzuki:

ありますよ。

Satoko Horie:

ああいう、怪我に対する考え方っていうのは、どこから来たのかな?ご両親から?それとも、それ以外の影響で自分が学んで?というのは、いわゆる医学とか、お医者さんとかに行くと、大抵は、怪我すると安静にしていなさい、というようなアプローチが多いと思うんだけれども。そうじゃなくて、自分ができないんだったら、できないもの、制約っていうのを うまく使って、どうやって工夫して動き続けるか、みたいなところが すごく出てた印象があって。

Masa Suzuki:

それは、僕が頑固者っていうのが一番でかいです。丁度そこが実は、僕がムーブメントプラクティスに入ってった一番のきっかけのエピソードだったんですよ。

Satoko Horie:

そうなんだ。

Masa Suzuki:

大学だと、凄い西洋的な体の扱い方とかコンディショニングとか医学とか学んでて。卒業した後に、Ollerup 体育アカデミーに、僕が卒業した、先生として来ないかと、雇われたんですよね。で、そこで雇われ、同時にプロのダンスカンパニーにも入ってた。デンマークに住んでた時。そこでは凄い西洋的なアプローチで体のケアをずっとやっていて。

で、それでもやってた時に、パルクールの技術テクニックもすごい僕はクリーンなスタイルのパルクールをする人間だったから、まあ、受け身とかも取れるし。まずもう超自分の体ケアしてるから、まず怪我しないでしょ、みたいなエゴがあった時代なんですよ。結構世界でもトップレベルの技術力があったから。プラスアルファでね。で、その時に案の定怪我して。それ、あの骨折じゃなくてアキレス腱切ったんですよ。

Satoko Horie:

あ、そうだったんだ。

Masa Suzuki:

アキレス腱を切りました。アキレス腱を切って、もう一瞬で分かったんすよ。バチンって、誰かがボールでも投げたのかなって、足に当たったんじゃないかな、みたいなことを思ったんですよ。でも それは僕の勘違いで、ま、アキレス腱が切れてる。何で分かったかっていうと、足首が動かないんですよね。どう頑張っても足首が動かない。これはおかしいってなって。それきっかけで、そこから病院にアキレス腱切れてます、ギブスつけましょうね、って。

プロでやってますよって話をした時に、お医者さんに、怪我が治ったとしても、もう元の動きはできないよ、って、はっきり言われました。自分のコンディショニングコーチとかフィジカルコーチにも。

当時、僕、身長167cmか168cmなんですけど、立ち幅跳びが、3メートル25だったんですよね。結構 長い距離なんすよ、立ち幅跳びで3メートル25って。

Satoko Horie:

私、あまりそういうこと知らないから わかんないけど凄いんだね。

Masa Suzuki:

普通の運動能力高い人で大体2メートル90位。

Satoko Horie:

そうなのね。

Masa Suzuki:

だから、とんでもない爆発力を持ってたんですよ。その爆発力っていうのを武器にしてたんですよね。爆発力&クリーンみたいな感じ。でも、それが、どう頑張っても一生できないよ、って。それでプロだったから、キャリアチェンジを考えた方がいいよって言われて。すっごい悩んだんですよ。

西洋的に考えたらもうありえない。プロでやっていくのはありえないってなって。プラスアルファ、何で怪我したんだろ、って すごい疑問に思ってて。動きの、パルクールの技術的なところの教科書で見た時に、あとバイオメカニクス、生体力学で考えた時に、間違ったこと何一つやってないのに怪我をしてしまったっていうの、すっごい悩んじゃって。

なんかが足りないピースがあったんだなって凄い悩んでた時期に、でも、もう凄い大好きなことやってた。パルクールもプロとしてやってて、ダンサーとしてもプロでやって、ここまで来れる人間って世界的にも一握りしかいないから、やっと夢に追いついた、辿り着いたって思ったのに、蹴落とされたみたいな感覚。でも、どうにかしがみつきたいってなった時に、じゃあ、もうほんと根本から また作り直さなきゃダメだなって思ったんですよね。

Satoko Horie:

なるほど。

20:19 – トム、ジョセフ、イドとの出会い

Masa Suzuki:

見つけたのが、当時一緒にダンスカンパニーに入ってた人間がムーブメントの、それこそ Jozef 先生とかIdo Portal っていう方がいらっしゃるんですけど、つながりがあって、彼に、ムーブメントってものがあるんだよ、Fighting Monkey ってのがあるんだよ、Masaも行ってみたらどう、ってなって。Jozef 先生とか Ido さんとか Tom に出会って。そっから本当に自分の動きを見直すきっかけになったんですよね。自分のパルクールとかダンスのスタイルを根本から変えたんすよ、そのきっかけで。2015年。

Satoko Horie:

2015年に、いま言った3人って、Ido Portal と Tom Weksler と Jozef Frucek の話だと思うんだけれども、ムーブメントリサーチをやっているその3人に一緒に出会ったの?別々のタイミングで。

Masa Suzuki:

別々のタイミングで、出会ったんだ。行けって言われて、その友達に、行けって言われて。3人の それぞれの違うワークショップに行った。

Satoko Horie:

なるほど。そこから学んだものは、それぞれちょっと違うものだった?

Masa Suzuki:

ちょっと違ったんですけど、全て自分のものに落とし込んだ感じです。

Satoko Horie:

その落とし込んだものっていうのは何?

Masa Suzuki:

3人でもね、本当にそれぞれ違ったんですけど、体についての向き合い方だったりとか、東洋、医療とか医学とかと思想の部分だったりとか、西洋的な考えで言語化できないものっていうのかな。というものを、内観能力、インターナルマッピングのことだったりとか。てなものを、物凄く自分の中に落とし込まされた。自分の動きっていうのを根本の部分から考え直させられた。

僕って数学の人間だったんで、バイオメカニクスと、それこそTheoretical Physics だったから。やってたことが、量子物理学。そっからすると、物凄く 理論&数学脳なんですよ。例えば、ヨガの人と会話をしててチャクラとか、そういうこと言われた時も、全然当時はピンとこなくて。ちょっと半分汚い 悪い言葉を使うと、これちょっと半分オカルトじゃない?みたいな感じに思う部分は正直あったんですよね。

でも、怪我をきっかけに、やっぱりそういうものってあるのかなって、もう少しオープンになった。で、それが自分の体に向き合うとか、自分の体の使い方ってのを根本的に変えた。昔のスタイルのパルクールとかダンスは多分年を取ったら絶対にできないスタイルだった。不老長寿、ずっとやり続けるってことに対して すごい無頓着だったから。

それこそやっぱり、どの競技もそうだと思うんだけど、世界チャンピオンレベルとかトップのとこに行くと、例えばオリンピック選手とかね。そのオリンピックでゴールドメダル取れればいいの世界になってくるんですよ。そこの僕が元々いた世界って。なんかもう、それでオーケーになって、後のこととか、ライフロングの生涯かけての健康ってのは すごい二の次になって、体の健康より、誰かに勝つことが、多分、てか、自分のパフォーマンスを超極限まで上げること、それでなおかつ、怪我も その間しなくて できていくことが第一優先だったと思います。

でもそれがアキレス腱をぶち破ることによって根本から考えさせられた。僕、半月板と前十字もやってるから、右の。その時は、その感覚がなかったんですよ。これさえ直してリハビリしたら元通りになるって言われてたから、リハビリ超頑張ってやった感じ。でもアキレス腱のところは、もうどん底に突き落とされた感じ。

24:55 – 動くことへのパッション

Satoko Horie:

なるほどね。どん底に突き落とされて、アスリート人生それで終わりって言われたようなものじゃない?その中で、やっぱりそれでもどん底から這い上がってやってみよう、って思った その情熱というか、そこにあったものって何なんだろう?

Masa Suzuki:

頑固だったんでしょうね。本当に心の底から大好きだったんですよ。例えばなんですけど、医学やってたからそのまま医学ロードに行ってお医者さんとかになれる可能性もあった。アスレチックトレーナーとかになれる可能性も全然あったんですよ。そっちの方が多分お金の入り方も超安定して良かったと思うけど、でも、どうしても動くってことに対してのパッションが拭いきれなかった。

動く、だからこそ我あり、みたいな。I move, therefore I am、みたいな感じが、やっぱなんか物凄い自分の中にあって。そこがだからライフコーリングってなんとなく自分の中で分かってたんでしょうね。これ以外ないっていうのが。なんか他のことやれって言われた時に想像すらつかなかったんですよ。もう本当に自分の骨の髄までそれが染み込んでた。

だって、例えば3歳 4歳の時ってほとんど普通の子って、レジャーとか遊びの延長線上で、スポーツとか武道とか格闘技ってやるじゃないですか。僕って、もう3歳 4歳の時点でガチトレーニングしてたんですよ。本当に、もう超スパルタに。本当にもう、汗、水、血反吐のこの世界を ずっと通り抜けてきたから。幼少期から大人になるまで。染み込んでたですよね、やっぱそれが。それがなくなることが想像つかなかった。いまでも想像できない。

27:05 – 自分にとってのムーブメントとは

Satoko Horie:

それを乗り越えることによって持続可能な練習というか、ムーブメントプラクティスを人生の中に組み込んで長期的に持続可能なものにしていくっていうアプローチに変わったような印象を受けたのだけれど、いまの Masa さんにとってムーブメントとは、どういうものなのかしら?

Masa Suzuki:

もう永久的な探求心ですよね。僕の今のこの考え方なんですけど、メンタリティも、考え方も、フィジカリティも、そのシーズンだったりとか、熟練度、匠さ、だったりとか、年齢だったりとか、人生においてどこのステージにいるかによって、全てが変わるものがムーブメントだと思ってるんですよね。いまは。

だから僕、今31歳で、結婚もしてて。例えば ですけど、RIZIN って日本の格闘技団体があるじゃないですか。今から僕が RIZIN 目指してやりますよ、って、多分、テクニックと技能を
持ってるんですよ、武術家として。だけど、それが僕のやるべきことか、って言われたら、やるべきことじゃないんですよ。

Satoko Horie:

やるべきことは何だと思う?

Masa Suzuki:

僕の今やるべきことってのは やっぱ自分と向き合って、自分自身しかできないことを
発信し続けること。それがコーチングとか、ティーチングとか、誰かのメンターになることが今の僕にとってのコーリング。だからそのバチバチの世界に出て戦って、みたいな世界っていうのは、多分僕の中では、10代とか20代の時がそれだったんですよね。そこのシーズン。

今のこのシーズンって、これも これからどんどんシーズンが変わってきて、それに応じてムーブメントの種類とか考え方も変わってくる。変わるべきこと。例えば、今言ってることを41歳、51歳の僕が全く同じことを言ってたら、多分僕には成長がなかったってことで、それは絶対ダメなことだと僕は思うんですよ。動きも含めて。

Satoko Horie:

その通り。

Masa Suzuki:

だから、やっぱり今ある自分っていうのを、すごく大切にしながら日々向き合ってやってる。プロトコールってのは消すし、なりたい自分の像は何となく明確に漠然としてあるんだけど、でも、箱の中に自分を入れることをまずしない。

Satoko Horie:

なるほどね。

Masa Suzuki:

っていうのが、やっぱり僕にとっての今のムーブメントだと思います。41歳の時の自分だったりとか、それこそもう81歳、になった時の自分とか、っていうのがすごい楽しみかもしれない。本当に楽しみかもしれない。だってその時に、81歳の僕がね、どんなムーブメント。多分よぼよぼのおじいちゃんなんですよ。でもね、僕の予想だと、もう仙人みたいな玄人になっているんじゃないかなって予想があるんですよ。全く今とは違う意味でね。だからそれが、すごい今から楽しみ。それがだから不老長寿ってことだと思うし、体と心を常に状況に合わせてヤングでいることなんだと思います。

Satoko Horie:

なるほどね。

Masa Suzuki:

答えられてます?

Satoko Horie:

うん、すごい答えになってる。やっぱり私も、日々 動くっていうことを行ってて、どうやってその日のコンディションに合わせて、自分の体調だけじゃなくて、自分の身の回りの環境や、それ以外に、どんな人間関係 状態が起きているか、とか、それによって調整していくというか。

どうやってムーブメントを、自分のライフスタイルを より豊かにするものとして組み込んでいくか、というのにすごく着目してるので。かつそれを長期的に持続可能なものにしない限りは、やってて意味がないと根本的に思ってるので。だからすごく同感だし、もちろん言ってることはすごくわかる。

31:29 – Baseworks開催イベントでの体験

きっかけになったのが Ido Portal であったりとか、Tom Weksler であったりとか、Jozef Frucek の話が出たと思うのだけれど。実際に最初出会ったのが、2016年の Tom Weksler のワークショップを日本で Baseworks 共同開催してた時で。その時に出会ったじゃない?

Masa Suzuki:

Tom が、Masa 日本にいるの?じゃ、来いよ、って超軽いノリで来ましたからね。

Satoko Horie:

わたし、それ知らなくって。Masa さんが来て、動きがパルクールだったから。パルクールバックグラウンドがあったから。私は、そういう動きをあまりスタジオで見たことがなかったから。ダンス系、いわゆる Contact Improv とか、そういうことをやっていたので。すごいなんか全然違う動きしてる、っていう感じがあって。この人はちょっと違う、って思って。

その次の年に Jozef Frucek の Fighting Monkey を日本で限定イベントした時に招待したら、知ってるよ。弟子だし、みたいな。えっ?みたいな話だったのよね。

Masa Suzuki:

メンターとして、僕にとって Jozef 先生は、超クレイジーな親戚のおじさん、みたいな感じ。いい意味で。でも大好き、大好きな親戚のおじさん、みたいな感じ。

Satoko Horie:

ものすごく色々なところからインスピレーションを持ってきて形にしていく、ということをやっていて。本当に動きを楽しみながら、どうやって脳を刺激していくか。考え方であったり、存在、空間意識から対人、全て含めて、考えさせられるメソッドをやってる印象があって。

あの時のイベントの印象的だったものってあるかしら?Jozef でも、Tom でも、いいのだけれど。

Masa Suzuki:

Tom は、僕の中で本当に、Tom 来てるんだ、楽しいね~。彼のワークって、楽しいんですよ。Fun な感じなんですよね、彼のワークって。お互いを感じて、この場の雰囲気を気持ちいいものにしよう、みたいなところがTom のワークの素晴らしいところなんですよね。だから Tom は、相変わらず笑顔&楽しいね、みたいな感じで。

日本は特に、YogaJaya のワークショップは、どちらかというと、海外に比べて、すごいピースな感じなんですよ。なんでか わらないけど。すごい和気あいあいとしてるような感じ。Tom のは特にそうだった。

Jozef 先生って、ムーブメントの原石とか根本の部分とか脳の進化について重点置いてやってるから、混乱させればさせるほど ありでしょう、みたいな感じのところが若干あるんですよ。

Satoko Horie:

Tom の時は YogaJaya コラボでやって、Jozef の時は Baseworks の限定ワークショップでやったから、来た人たちが若干違ったかもしれないけど。

Masa Suzuki:

そうですね。Jozef 先生の、やっぱり僕は慣れてたから。コーディネーションワークとか Jozef のワークに対して。初めての方が多かったと思うんですね、Jozef のワーク自体が。だから、よく見る、まあ、みんな混乱するよね、みたいな感じ。だから僕は、やったことある人特有の外から目線で、初めては そうなるよね、みたいな感じでした。

すごい自分がリスペクトしてる人が、本当に心の底からリスペクトしてる人が、日本に来てくれたこと自体が、めちゃくちゃ僕の中でもビッグだったしハッピーこなとだったんで、幸せな時間でしたね。本当に幸せだった。まさか、日本に Jozef 先生いる、みたいな。

Satoko Horie:

あの時 初めて来日してくれて、すごくいい時間を過ごすことができたと思うんだけど。私にとっても、ものすごく貴重な時間で。Baseworks 講師に限定の内部限定ワークショップもやってくれたりして。その後もやり取りをしているのだけれども。

36:31 – True Moversの試み

あの時、確かデンマークと日本をMasa さんは行き来していて、Jozef の Fighting Monkey 前後のあたりから、True Movers っていうワークショップを開始してた?招待してくれて。それ、もうちょっと後だったのかな?

Masa Suzuki:

そのくらいですね。ワークショップっていうよりかは、練習会プラスアルファ、コミュニティ作りプラスアルファ、若干お小遣い稼ぎ、みたいな感じだったんですよね。だから僕の中では、正直、黒歴史なんですよ。

Satoko Horie:

黒歴史?

Masa Suzuki:

黒歴史っていのは、ちょっと思い出したくない過去。失敗談、みたいな。

Satoko Horie:

何が失敗だったの?

Masa Suzuki:

正直 作るべきじゃなかった。

Satoko Horie:

どうして?

Masa Suzuki:

なんでかって言うと、そもそも一緒にやってた方っていうのは、めちゃくちゃいい方なんだけど、ザ、トレーナーさん。ムーブメントの文化だったりとか、そういうのを あんまり知らない、ティピカルなトレーナーさんですよ。で、ここはもう新しいもの好きで、これがすごいいいものだから、根本的に機能解剖学的に知ってたからファンクションのところで。だから、僕に色々なこと、帰ってきた度に色々教えてよ、みたいな。日本に帰ってきたばっかの時に。

それこそ Ido さんのワークショップに僕が1人で行った時に、突然知らない日本人からFacebookでメッセージが来て。え、誰だ?この人、ってなって。Ido さんのところから帰ってきた時にちょっと色々教えて欲しいし、一緒にやりたい、って話になって。まぁ、いいですよ、みたいな。

当時僕はパルクールアスリートとしてやってたから、ムーブメントで何かやりたいってのは特になかったけど、でも、ムーブメントがもっと日本で盛り上がればいいなって、協力してたような感じ。今考えると、僕はパルクールだったし、ムーブメントを広めようということはあんまなかったから、プラスアルファ、その人自身にあんまブランド力がなかったから、そんなメガイベントやったりとか、いっぱいの人はこなかったっすよね、あの時は。

でも、数人に、その時期 誰もムーブメントやってなかったから、日本で、ちょっとしたパッションは与えられたかな、とは思ってる。本格的にムーブメント講師としてはその時期はやってなかった。自分のためにムーブメントをしてたので。

Satoko Horie:

なるほどね。

39:23 – ムーブメントコーチになるまで

その時は自分のためにやってて、コミュニティを少しずつ、日本で、ムーブメントという言葉、今でも、まだ、ムーブメント?何?みたいな世界だと思うのだけれども。そこで、少し自分の時間という意味で、つくって、試みる、ちょっと実験する、みたいなことを やっていたと思うんだけれども、その後、それがムーブメントコーチとして変わっていったじゃない?変わったきっかけは何だったのかしら?

Masa Suzuki:

日本に帰ってきた時に、Peak Performance っていうスキーのブランドがあるんですけど、そこが僕のスポンサーついてくれたんですよ。サポートっていうのかな。その時のアスリート会、みたいなのを社長が開いてくれて。いろんな業界のトップアスリートを呼んで、サポートしてる。その時に、例えば ヨガの Juri Edwards とか、Ignite Yoga の。あとは江畑兄弟っていうキックボクシングの世界チャンピオンとか。と僕と、あとパルクールの方で Zen が行って。

その時に江畑兄弟に出会って。彼らが、僕はムーブメントやってて、Conor McGregor がムーブメントやってて すごい有名になってたから、その時期に、それを個人的に教えてよ、って江畑兄弟が。で、僕自身も練習相手が欲しかったから。一緒にムーブメント練習してくれる人が。じゃあ、ちょっとやろうよ、って、ムーブメント練習会みたいな感じで彼らとやってて。

やってた中で、自分自身も色々ムーブメントを自分なりに勉強して。バックグラウンドとか色々あったから、システムを構築してた時期でもあったんですよ。自分のものをローンチする前に。でも、いつローンチするかはもう全然決めてなくて。

丁度 累君が那須川天心と大晦日に戦うってなって、その年の6月に、戦うからサポートしてくれ、みたいな。ムーブメントで天心戦に向けて準備を手伝ってくれ、ってなって。ガチガチに いろいろやりまくって。それで、結局負けちゃったんですよね、累君が。で、僕も日本のパルクールに対して思うものも色々あって。

42:34 – shinobi_mover 始動

丁度 負けた後にセッションしようよってなった時に、累君がボソッと、教えてくれているムーブメントプラクティス、この身体操作の鍛錬っていうのは、もっと本当にいろんな人に教えるべきだと思うし、Masa しか それはできないと思う、と、彼が言ってくれたんですよね。

彼はオランダで修行したり、タイで修行したり、とかって色々あったから、日本の運動指導者と海外の運動指導者だと、やっぱり扱われる方が違うっていうか。僕を通して 日本の運動指導者の社会的価値だったり格を上げてほしい、みたいなことを、累君が言ってくれたのを覚えてるんですよね。

その時に、いろいろ自分なりにも考えて じゃ、やるかって決心して。ちょうどそのセッションの2週間後に、いま、ムーブメントコーチとしてバリバリ使ってるShinobi Mover っていうインスタグラムのアカウントがあるんですけど、それを始めようって思ったんですよ。Shinobi は自分のバックグラウンド、武術だったりパルクールから Shinobi で。Mover は、Shinobi のベースのムーバーだからShinobi Mover っていう名前にしたんですよ。

当時、このハッシュタグってあるじゃないですか。ムーブメント、って日本語でハッシュタグを入れると、昔、当時は、300件しか実はなかったんですよ。ハッシュタグムーブメント、って。めちゃくちゃ少なくて。で、僕の目標が、本当にSNS活動を頑張ってハッシュタグの量を増やそうっていうのが、まず一番最初の目標。ムーブメントって。で、あとは、その1年以内に
@shinobi_mover のフォロワーを1万人こそう、っていうのが目標だったんですよね。

その年の2月26日からアカウント始めて、いろいろ試行錯誤しながらやってって。ちょうど2月26日に始まるじゃないですか。コロナがその年に出始めて、3月にめっちゃやばくなったんですよ。もう自宅待機しなさいってなって。で、そっからもっとリモートで色々やって、奥さんがプロのビデオグラファーだから、Shinobi Mover を盛り上げるために、プロだから、ドキュメンタリー作るのが好きだから、僕のドキュメンタリー映像を作りたいって言ってくれて。ちょうどリモートで誰もいないから時間もあるし。ドキュメンタリー動画を2人で作って。

そこでちょっとずつメソッドの骨組みを構築化してって、コロナ期間に。そっからオンラインをベースに始めて。で、落ち着いてきた時に、すごいオンライン授業がめちゃくちゃ増えたんですよ。月に40人見るとか、コロナ期間中に。爆発的に伸びて、そっからSNSもポンってきた。ワークショップをやろうかって言って、その年の7月にワークショップを二子玉川の河川敷でやった。そっから対面パーソナルとかもやりだして、ずっとワークショップとかパーソナルとか色々やっていく中で、自分のメソッドも、どんどん構築化されてって形になってって。その次の年の1月に1万人を越したんですよね、フォロワー数。

Satoko Horie:

すごい。

46:39 – 日本ムーブメント協会の設立

Masa Suzuki:

すっごい構築化されたな、ってなって、リバーサップのプロの方と、ダンスの方が、ちゃんとした、いわゆる、言い方悪いんですけど、ミーハー層に届くような形で、ムーブメントが知れる機会を作った方がいいんじゃないかな、ってなって。

なんでかっていうと、僕のやっているワークショップとかパーソナルって、ガチムーバーじゃないけど、僕のパーソナルって、基本的に僕、プロしか教えてないんですよ。なぜか。一般も全然受けていいんすけど。でもプロが多いんですよね。やっぱ理由としては、結構やってる内容がコアだから。あと値段/価格だったりとか。だから、そういうのでプロが多いんですけど。

でも、もっと軽いところで、本当に運動経験ない人でもムーブメントに入れる機会を作った方がいいよねって話になって。日本ムーブメント協会を作ったんですよ。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

アソシエーション。また言い方悪いんですけど、パンピー層っていうのかな、一般人の方々が、プロじゃないし普通の社会人なんだけど、ムーブメントを楽しめるきっかけというのを、協会をとおしてつくりだした。

協会、自分の活動、パルクールもやりながらやってた中で、パルクールも自分の中でムーブメントの一部だったから、分ける必要性ないな、ってのがやっぱデカかったんですよ。当時は、ムーブメントコーチと、プロパルクールアスリート、2つを完全に分けて活動してた。理由としては、パルクールの活動ってのは完全に、アクションとかスタントとか、パルクールの事務所とか会社の中に1アーティスト/アスリート/コーチ、として僕は所属してたから、実はパルクールの案件とか仕事に対しての自由が全然なかったんですよね。必ず事務所を通さないといけない、みたいな。よくある話なんですけど。マージンを払わないといけない、取られる、みたいな感じ。これはでも、なんか分ける必要性ないなって。むしろパルクールも、自分の中で でっかいムーブメントの一部だから、もう自分のメソッドの中に組み込んでやろう、ってなって。今年、完全にやめて、独立して。

Shinobi Mover は2年半前、3年前からやってるけど、完全なる Shinobi Movement メソッドとして開花したっていうか、再始動かな、リアルな形で。ていうのが今年の3月。

Satoko Horie:

なるほど。

49:44 – shinobiムーブメントメソッドと理念

Shinobi Mover の一番 核にある、理念というかフィロソフィっていうのは何なんだろう?何を伝えていきたい?発信していきたい?感じ取って、体験してもらいたい、っていうのがあるかな?

Masa Suzuki:

僕の企業理念ですよ、Why の部分は、現代社会において現代人が現代をよりよくサバイバルするために、脳、体、そして心、全て心技体において、その人のパフォーマンスを上げる手伝いをする。人生におけるパフォーマンス向上っていうのを、僕は企業理念として持っていて。そのサポートをするためのメソッドとしてShinobi Movement ってのが。

Shinobi Movement が何を柱として持ってるかっていうと、五行。忍術ってやっぱり陰陽五行だから。The Five Elements ですね。五行にもとづいて 5つの柱があるっていうことを僕の中でもシステムとして構築して。

で、5つの柱が、Fighting Monkey プラクティス、2つ目の柱が Ido Portal メソッド。3つ目の柱が戸隠流忍術。もっと厳密に言うと武神館武道体術。4つ目の柱が Yamakashi、L’art du deplacement。パルクールの部分。5つ目の柱が、僕はLA時代、ブレイクダンスとヒップホップダンスで大道芸人 LA ブレーカーズっていうブレイクダンスのクルーに入ってたんで、ヒップホップ&ストリートカルチャー&ダンス。ダンスカンパニーも入っていたから。このアート要素のダンスっていうのが、あとヒップホップの Love, Unity, Fun, Peace。4 Elements of HipHop ってのがあるんですけど、この 4 Elements of HipHop ってのも、哲学の中にも入れようっていうので、この5つの柱。

温故知新、古いものと新しいもの、古い古武術的な考え。中国拳法、カポエイラ、この考え方に、もう少し新しいパルクールだったりヒップホップだったり、ものが2つ混ざり合ってShinobi Movement メソッドっていうものとして構築されてるってのが僕のやってることです。

Satoko Horie:

なるほど。自分自身でそれを毎日コンディショニングとして練習してたりすのんだと思うんだけど、それを毎日全部5つやっているの?それとも、組み合わせて自分なりのフュージョンをやっているのかしら?

Masa Suzuki:

自分なりのフュージョンですね。でも、必ずやってんのが Fighting Monkey のZero Form は、絶対1時間やってて。あとは、その残りの4つを気分によってとか、その日のスケジュールとか状況とかによって変えてやってる。大体1日、3時間から8時間、練習してます。

52:58 – 協会と個人としての活動の差別化

Satoko Horie:

Shinobi Mover として提供している、色々な参加者が来ている、主にプロだったのが、最近はもう少し色々な人々、多種多様な人々が来てるような状況になってると思うんだけれども。その時に提供するものというのも常に5つを組み合わせてるのか、やっぱり来る人によって、Jozef の Fighting Monkey もそうだったけど、誰が来るかによって、彼ってすごく臨機応変に変えていくというか、その場でどうやって、要は、やり取りをしてる。動きを通して対話しながら、そこに常に適応して進化していく、みたいなことをやっていたと思うのだけど、そういう形で教えてるのかしら?

Masa Suzuki:

はい、そうっす。あと、個人の活動と、アソシエーション/協会としての活動がまた別物なんですよ。

Satoko Horie:

そうなのね。

Masa Suzuki:

協会としては、ムーブメントマップってものを作って、どの動きが どの動きと、雲の巣みたいな感じで、どう繋がっているかを いちいち作ったんですよ。それをビルトアップできるような形で。超ベースラインの部分ですよね。を、提供してるのがアソシエーションの方。

立位のベースムーブメントの動きと、グランドのロコモーションワーク、フロワークの動きと、エアームーブメント、ぶら下がったりとか飛んだりとか、宙にいる状態。この3つのベースラインはもとおぜ、ってプログラムを組んでるのがアソシエーションなんです。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

そこはもう教科書みたいなのがあるから、それさえフォローしてたらビルドアップがちょっとずつできるよ、っていう、完全プロトコルですよね。だから言ってしまえば、GMB ってわかります? Ryan さんがやっている。

Satoko Horie:

うん。

Masa Suzuki:

Ryan さんがやってる GMB に結構すごい近い形、似た形だと思う。あそこも Ryan さんが、すごく細分化して構築してるから。アソシエーションでやってるのは結構そっちより。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

個人でやってんのは、僕のお師匠さんが Jozef 先生とか Ido さんとかだから、超臨機応変っす。しかもワークショップはコンセプトをあらかじめに決めて、今回このコンセプトでやるんだけど、このコンセプトの中で完結するんだけど、どういう内容とか種目にするかは、来てる人を見て決めるイメージですね。

Satoko Horie:

なるほどね。大きな2つの領域があるというのは、ある意味、色々なところで吸収できて発信することができるから面白い作業だと思うんだけど。

55:55 – 日本ならでのムーブメント、日本特有の強さ

日本におけるムーブメントカルチャーに、すごく今影響を与えることをやって、それを形にしていくということを やっていると思うのだけれども。

実際に、海外で、デンマークだったりアメリカだったり、それ以外の国でも、色々なムーブメント研究者であったり、動く人たちとやり取りをしてた中で、日本のムーブメントカルチャーのユニークで貴重な部分ってどんなところだった?

Masa Suzuki:

僕、日本の古いものって、ある意味最強だと思ってるんです。むしろ海外の人は、もっと日本から学ぶべきことが多いんじゃないかなって思う。

Satoko Horie:

どんなところで?

Masa Suzuki:

例えば、身体操作文化って、海外だと、スポーツ特に、肉主骨重って言って、肉/筋肉を主体に骨を動かすってのが海外の西洋的な考え方。スポーツだったり、そうだし。

日本の身体操作って、日本の人って天地人って、天と地をつなげる動きをするから、骨主肉重なんですよ。要するに、骨/骨格が先に動いて、それに筋肉がついてくるっていうのが日本人特有の身体操作なんですよね。

例えばナンバ歩きってあるじゃないですか。ナンバ歩きって、すごいなんかフィクションで伝わってるところがあって。手と足を同足で歩くことをナンバ歩きってみんな思っちゃってるんですよ。でも全然それは違くて、ナンバで歩いてる時って、足を8の字にして、なるべく体全体が揺れがないようにスッて すり足で歩いていくことをナンバ歩きって言うんですよ。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

なんで同足になるかっていうと、あれって、いつでも刀が抜ける状態にするからナンバって成立するんですよね。

Satoko Horie:

そうなんだ。

Masa Suzuki:

普通歩く時って対足じゃないですか?

Satoko Horie:

そうよね。

Masa Suzuki:

肩の振りってのを極限まで消す歩き方なんですよ。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

それって筋主体じゃなくて、骨を動かす意識なんですよね。

Satoko Horie:

ストラクチャーの部分だよね。

Masa Suzuki:

そうです。ちょっと西洋的な体の使い方と東洋的な体の使い方って、若干違うんですけど。

でも、例えば武神館の僕の武術の道場の初耳先生が海外に呼ばれたりとか、FBI とか CIA とかにレクチャラーとして呼ばれてる一番の理由がそこなんですよね。ソルジャーだったりスパイだったりとかが、本当に現場で超実践的に使えるものとしてあるのがそこだからなんですよ。超評価されてる海外的に。

だから、そういうところがやっぱり日本ならではのムーブメントだし、もうちょっと日本人は、日本人であることを誇りに思うべきだと思う。

Satoko Horie:

なるほどね。それを発信していくということが、もしかすると Masa さんにとっても一つのミッションになってくるのかもしれないけど。

59:28 – 現代の日本がチャレンジすべき領域

反対に、この日本のムーブメントカルチャーでもっとチャレンジしていったらいいよ、とか、もうちょっと箱を割るというか、ブレイクスルーした方がいいと思う部分ってあるかしら?

Masa Suzuki:

それこそ現代日本人と過去の日本人、全然違くて。現代って すごくプロトコールとかシステムを作ることだったりとか、誰かの真似を模倣することだったりとか、そういうことにすごく実は特化してる民族なんですよ、日本って。だから与えられた仕事を そのまま模倣して完璧なクオリティで出す物ってのは、ものすごくクオリティが高い。

例えば、里子さんヨガをやってるからヨガの例を言いましょう。なんとかヨガってのがあって、で、なんとかヨガでは何個のポーズがあって、このポーズはこれこれこういうふうに教えて、こうやっていきますよって、もうあらかじめ決められてて、っていうシステムをフォローするのは日本人めっちゃ得意なんですよね。

Satoko Horie:

そうね。クラフトマンシップとか、すごくあるわよね。

Masa Suzuki:

そうそう、伝統工業とかもそうじゃないですか。そこに対して すごい強いんだけど。逆にそこに突出しすぎちゃってるから、簡単に言うとアダプテーションのアビリティだったりとか、自分の脳味噌をちゃんと使える人間が極端に減ってる。

だから例えばなんですけど、僕、ムーブメントコーチでやってます。私もムーブメントコーチになりたいです。どのような資格を取ればいいんですか?とか、そういう質問をされるんですよ。そうなった時に俺はもう、あっちゃー、ってなるんですよね。

僕の意見なんですけど、その人に世界に誇れる絶対的なユニークがない限り、ムーブメントコーチに100%になれないと思います。ただ模倣して、何かをやって、誰々の何々メソッドをそのまま教えたら、100%ムーブメントコーチになれない。誰からも相手にされない。なんでかって言うと、オリジナルの方がクオリティが高いから。で、オリジナルの人たちも、Jozef 先生しかり Ido さんしかり、それを全く求めていない。彼らが求めているのは、学んだことを自分なりに評価して、更に違うところの、1個上のレベルに持っていくことを求めてるから。

ムーブメントコーチを目指してなりたかったら それができるアビリティがないといけない。でも、日本人はそれができない。だからみんな資格だったりとか、セミナーとか、そういうのを求めてしまって、いわゆるセミナージャンキーになって。で、自分の言葉とか、自分の中で言語化とか、動きだったりとか、知識っていうのが、全く生まれない。コピーペーストの文化なんですよ、何もかもが。

Satoko Horie:

多分大きな部分というのは、日本の教育システムだったりするのではないかと思うのだけれど。すごいいい部分もあれば、チャレンジングな部分というのもあるというのは、どこの文化でもあると思うのだけれども。それにディープに入っていると、色々なフラストレーションが見えるのではないかな、と思って。

そういった日本のムーブメント業界、いま少しずつ大きくなってきている そこに入ってきてる人たちに対して、Masa さんが何か一つメッセージを送るとしたら、何を送りたい?

1:03:25 – 世界でトップレベルの日本のトレーナー

Masa Suzuki:

でも、間違えてほしくないのが、日本の体を動かしてる人のレベルが低いって言ってるわけじゃないんですよ。例えば、ファンクショナルトレーニングだったりとか、コンディショニングという世界において、日本の運動指導者トレーナーって世界水準でいくと、多分トップオブトップだと思う。

Satoko Horie:

技を極めるということでは、凄いということよね。

Masa Suzuki:

すごいと思う。例えば R-Body だったりとか、コンディショニングの。パフォーマンスコーチングとかフィジカルトレーニングのBest Performance Lab、桂さんのね。世界水準で見ても、名指しであげちゃったけど、多分 すっげーレベルが高いと思う。本当に。本当にレベルが高いと思う。

なんだけど、そこから学ぼうって、学んで学ぼうとしてる人たちが、比べてしまうと、格差がやっぱでかいってのも否めない。

Satoko Horie:

なるほどね。

Masa Suzuki:

日本でのトップの人は、世界で見てもトップオブザトップってのは間違いないです。間違いないです。ここは、Don’t get me wrong って感じ。

Satoko Horie:

じゃあ、そこのギャップを埋めるために、Masa さんがある意味 働きかけてるのかなって思ったりするのだけど、特に協会のアクティビティとかを聞くと。

Masa Suzuki:

そうですね、そうかもしれない。

1:05:03 – 被食者から捕食者へのパラダイムシフト

僕がやってんのは、ギャップというよりかは、どちらかというと、もうちょい考え方変えようぜ、ってことやってるかもしれないです。

Satoko Horie:

じゃあ、どういう考え方から、どういう考え方へと変えたいって思ってる?

Masa Suzuki:

いわゆる結構 日本の文化って羊が多いんですよ。要するに、捕食される側、っていうのが多いんですけど。この捕食される側って、野生とかジャングルに叩き出しされた時に生きる術を持っていないんですよね。

僕がやろうとしてることは、実は別に Shinobi Movement のムーブメントメソッドを教えようとしてるわけじゃ全然ないし。むしろ僕のやってる Shinobi Movement メソッドって僕一代で廃れればいいと思ってるぐらいです。

よりかは、ムーブメントカルチャーの考え方っていう部分で、パラダイムシフトを起こしたいんですよ。要するに、捕食者側の羊から、ワイルドの中でサバイルできる肉食動物っていうのに、考え方だったり、生き方とかあり方ってのを根本的に変えたいっていうことを僕はメインでやってるのかもしれない。

Satoko Horie:

なるほどね。

Masa Suzuki:

だから、自分らしくあれてる日本人っていうのは、すごく少ないと思うんです。例えば Jozef さんが言ってる5つの社会的勢力ってのがあるんですけど、政治、経済、文化、テクノロジー、そして宗教。この5つの社会的勢力ってのに、めちゃくちゃ感化されてる人がやっぱ多いと思う。

でも、Fighting Monkey のエデュケーション的にこれは絶対ダメだから、この5つの社会的勢力を理解してリスペクトしつつも、そこに自分のあり方とか、自分自身のコアの根本的な部分を感化されない人を育てたいのかもしれないです、僕は。それが多分ムーブメントカルチャーなんだと思う。

で、その概念をもっと知って、それを好きになって、やってくれる人が日本に増えたら、僕はそれでハッピー。全く違うメソッドでもいいから。もう、ヨガでも全然いいんですよ。ヨガやってる人が、その考え方を持ってくれるだけで俺はいいんすよ。Shinobi Movement はもう何でもない。もう、いらない。でもムーブメントは素晴らしいもんだと。

Satoko Horie:

ムーブメントを通して、根本的に考え方やアプローチの仕方や生き方っていうのを変えていって欲しい。受け身のものから、もっと能動的なものへと。動き自体が能動的なものだし。そういったものにシフトしていって欲しい、ということなのかなって思ったりするのだけど。

Masa Suzuki:

そうそう。

1:08:10 – 学者でもあった両親からの影響

Satoko Horie:

日本で生まれ育った Masa 君が、そういう考え方になったというのは、何があったからなんだろう?

Masa Suzuki:

両親がでかかったですよ、やっぱ。僕の親父もやっぱアスリート。2人とも実は教授なんですよ。大学教師なんですよね。元アスリートの大学教授だから。頭いいんですよ、根本的に。

例えば、僕のお父さんは、宗教の歴史についての博士号を持ってるんですよ。日本宗教の歴史みたいな博士号を持っていて。で、僕の母は、古代言語ってあるじゃないですか。古代文明言語、ラテン語とかギリシャ語とかヘブライ語とかってあるじゃないですか。それの結構スペシャリストで、多分 修士、もうちょいで博士までいってんのかな。わかんないけど、そこちょっと詳しく聞かないと。修士は絶対持ってるんですけど。

2人とも結構そういうので、日本のエデュケーションシステムで育ったんだけど。そっからちょっと別枠で家の中では鍛えられてたから、そこがでかかったし。

自分のパルクールとか武術とかもそうなんですけど、常にパルクール、元々やってたパルクールって、いつ死ぬかわかんないようなこと、やってたんですよ。だから若い時って、今日の練習で多分死ぬだろうなって思いながら練習したんですよ、毎回。

これって、でも、他の人が聞いたら結構頭のおかしいことじゃないですか。本当にリアルな形で、あ、俺今日死ぬんだな、っていう。でも死ぬことに対して恐怖心がなくて、むしろすっごい清々しい感じだったんですよ。ああ、いい人生歩んだな、みたいな感じで毎回練習に行ってたから。

だから生と死だったりとか、生きるってことのありがたみってのが、多分 普通の人とは、ちょっとベクトルが違うのかもしれないです。そっからの考え方かな。

1:10:36 – 生と死の境目で必要となる鍛錬

Satoko Horie:

やっぱり生と死、ギリギリのところで、今を生きるということをやっているのだと思うのだけれど。生と死、ギリギリのところで、何かを形にするためには、フリーソロのクライマーの Steph Davis とコラボレーションしたことあるけれども、相当の練習をしなくちゃいけないじゃない?すべてを考え込んで、ストラテジー/戦略も全部練って。それを全てやり続けて、かつそこから今度は瞑想的な状態に自分を持っていくっていうか。その自分の恐怖っていうところを乗り越える状態を作っていくということだから、単に死、だから何でもいいや、みたいな状態じゃないと思うのね。

Masa Suzuki:

じゃない、じゃない。この間 アルピニストって映画見に行ったんですけど、めちゃくちゃいい映画で。その時に彼が結構やばいフリーソロやってたんですね。その時にインタビュアが、怖かった?って聞いて、怖いっていう、あれはなくて、どちらかというとセルフコントロール、みたいなところで。ただ単純に、いい日だったね、みたいな返答だったんですよね。それが僕も ものすごい分かって、気持ちが。下積みとか、やってること。

多分 視聴者さんの中で、本当に1日8時間、毎日休みなしで最低3時間、自分のために鍛錬してる人って、すっげー少ないと思うんですよ、正直。でも、それをやらないと、できない世界なんですよね。その位やらないと、生と死の隣り合わせにいるところがノーマルにならないっていうのかな。っていうのがあるんですよ。

だから、例えばパルクールアスリート、僕とか、フリーソロの人だったり、あとは激戦区に
送られてるソルジャーの方々って、話をみんな聞くんだけど、あんまり理解されない人種だと思うんですよ、正直。だから、そういうところを、もっと理解してくれるために、どうしたらいいのかなっていうのも、ちょっと普段から考えてることかもしれない。

Satoko Horie:

なるほど。

Masa Suzuki:

ちょっと脱線しちゃったけど。

Satoko Horie:

凄く極端な状況、エキストリームな状況だから、少し尻込みしてしまう、というのが出てしまうのだと思うけど、でもそれって、どの領域でも、ある意味あると思うのね。

例えば起業家だったり、何か新しいものを発明してる人だったり。ものすごく極端なことは、フィジカル/身体的にはすごいことはやっていないかもしれないけれども、自分の限界の領域というのを常に超えるために何かに対して働きかけている人たちって、同じプロセスを多分取ってるんじゃないかなと思うし。

Masa さんの今言ってるプロセスというのも、普段の生活において、どう生きるか、とか、どう自分がいろんなものに取り組んでいくか、というところにも、すごく影響を与えてるんじゃないかなって、聞いてて思って。そういうムーブメントがもたらす影響が一番パッションがある場所なのではないかなって、聞いてて すごい思いました。

1:14:20 – 心技体の体を司るムーブメントの意義

Masa Suzuki:

そうですね。僕はですよ、ディスアグリー、そう思わない人もいるかもしれないんですけど、
どんなムーブメントでもいいんですよ、本当に。格闘技でもいいし、ピラティスでもいいし、
サッカーでも、ヨガでもいいし、何でもいいんですよ、ダンスでも。何でもいいんですけど、ムーブメントで、しかもそれに対して、それがライフの中の一つの枠組みとしてあるのって、ものすごいライフチェンジング、人生変えることだし、人として人間らしさを出すものでもあるし、大事な部分だと思う。人としてあるところって。心技体の体の部分をすごく司るから。

ある人、友達が言ったのが、この人間の体ってのが、車とかと一緒だよ、って言ってた友達がいて。この車ってのが、人生において乗り続ける車なんですよ、魂が。魂が乗り続ける車だから、たまには教習所に車を通わせて、車がいい運転ができるように、車の運転のあれを直して、たまに整備士の所に連れて車を整備して、たまにこの車をきれいにして、とかね。なんでかっていうと、この車には替えが利かないから。

そこの、車をよくしてく一つの核の部分が、僕にとってのムーブメント。ムーブメントのどんなムーブメントやるかは皆さんの自由。それに関してはもう何も言わない。だってパッションがないと意味がないから。ヨガでも全然いいじゃないですか。里子さんはヨガをやってて幸せですか?

Satoko Horie:

そうね、ヨガと、Baseworksと、コンテンポラリーダンスちょっとやったり、Contact Improv とか。ドローイング/ Expressive Artsで、どう動きというのを表現で形にしていくか。瞑想的練習、呼吸の練習もやっているのだけど。

やっぱり、それがないと、さっき言ったように体ありきの存在なので、私達って。それがうまく機能しないと、どんどん思考も、やり取りも低下していくっていうのがあるので、低下していく、というか、鈍くなる。だからそこの部分は根本的にないと。もう、歯ブラシ/歯磨き以上に必要なもの。

1:17:11 – ムーブメントが五臓六腑に与えるもの

Masa Suzuki:

精神的なメンタル的な部分ももちろん僕もそうだと思うし超アグリーなんですよ。で、もっと言ってしまうと、内臓的にも、ムーブメント、動くってことは100%必要なことで。

五臓六腑って、5つの臓器に6個の袋みたいな漢字なんですけど。っていう概念があるんですよね。五臓六腑ってのは、ある特定の動きが、五臓とか六腑の循環だったり健康とかに直接つながってるんですよ。筋膜、経絡、リンパとかの流れによって。そういうところで考えたとしても、やっぱり、健康な脳だったり、体とか臓器っていうのを持続させるためには、やっぱ、ある程度のムーブメント、動きは100%必要だし。

これに対して反対です、こういう理由/エビデンスがあると絶対的な論議ができる人はいないと思う。いるんだったら話しましょう、です。もう論破します、僕が。でも、いないと思う。僕が言ったことに対して反対ですよっていう人は。

必ずマインドとか体を良い状態に持続させるためには、ある程度のムーブメント、100%必要。誰もがこれは同意してくれると思うんですよね。

Satoko Horie:

そういったメッセージを引き続き、お互い、領域はちょっと違うけど。

私も本当に動きは何でもいいと思ってるから。Baseworks も、コンディショニングとして、Tom はそもそも うちのスタジオに来て練習してくれてたから。生徒さんから入ったっていうところでTom Weksler には出会ったから。コンディショニングとして使ってもいいし、それを一つの追求するものとして使ってもいいし、他に何か別のことをやっててもいいし、本当にメソッドは何でもいいと私も思ってるので。

そこの部分をお互いに、これからも発信し続けることができればって思っています。

Masa Suzuki:

そうですね。盛り上げたいですね、世界を。

Satoko Horie:

さっき言った、日本からの独自のものも、本当に発信していって欲しいと思うし、特に Masa さんは、Shinobi という日本伝統の忍術という部分も持っているから。そこをマスターしてるから、ある意味。そういうのも、どんどん発信していって欲しいと思うし。

お互いに、色々な形で影響することができれば、インパクトを与えることができればって思っています。で、今日、そろそろ もう1時間ちょっとになったので、この辺で今日は終えていきたいな、と。すごい時間速かったね。

Masa Suzuki:

速いですね。めっちゃ俺喋っちゃいました。第2弾、やります?

Satoko Horie:

やらないとダメですね。もう少し掘り下げていきたいなと思ってるので。

Masa Suzuki:

僕でよかったら、是非呼んでください。

1:20:40 – いま一番ワクワクしていること

Satoko Horie:

今日終えていく、最後の質問として。今 Masa さんが一番ワクワクしてることって何ですか?

Masa Suzuki:

2つ結構ワクワクしてて。3つかな?

Marcello Palozzo っていうイタリアのムーブメントコーチがいるんですよ。結構トップオブザトップで、彼も。シンガポール、ブラジル、アメリカ各地、ヨーロッパって、招待されて、ムーブメントのワークショップをしてるんですけど、彼は。

彼が日本に9月に来てくれるんですよね。僕、オーガナイザーなんですけど。彼も Ido の元弟子だし、コアなムーブメント、しかもガチでレベルの高いことをやってくれるから。ある意味、日本でオープンの海外のムーブメントワークショップってなかったんですよ、今まで。Jozef さんのやつもクローズドだったじゃないですか。オープンがなかったから、今まで。強いて言えば、Tom Weksler、かな?

だから、それをできるぐらいムーブメントカルチャーが日本に広まった、って、超嬉しいこと。ワクワクしてること。

いま、多分インスタで見てもらうと、ムーブメントのハッシュタグって、実は、僕が始めたときは300だったんですよ。300が、いま2万件以上なんですよ。

Satoko Horie:

すごい。

Masa Suzuki:

2年で。2年ですよ、2年で。それが2年でここまで伸びて、海外から人が呼べる状況になってるっていうのが、1個やっぱめっちゃもうワクワクしてることの一つ。

で、もう一個が、来月実はヨーロッパ行くんですよ。Jozef 先生に会いにヨーロッパ行くんですよ。めっちゃ楽しみで、コロナでずっと海外行けなかったから、やっと生で会えるーって。

Satoko Horie:

え、よろしくって、伝えてください。

Masa Suzuki:

伝える、伝える。

Zoom とかのやり取りはあったんですよ、全然。メッセンジャーとか。でもなんか、生でね、あの人やっぱ優しい人だから。楽しみなんですよね。ちょっと僕は いたずらっ子だから、いたずらしようかな、と思って。彼、多分日本語わかんないから、今いたずらするって言ってもバレないからOK。それがやっぱすごい楽しみなこと。

で、もう一個楽しみなのが、10月に Linkrease Festa ってのが仙台で行われてるんですよ、宮城で。それこそこ日本のヘルスケアとかボディワークのお祭り、みたいな感じで。去年もあったんですけど、今年もやって。3日間の合宿なんですよね。講師陣が8人から10人位いるんですけど、僕も行くし、僕も講師として教えさせていただくんですけど。

僕とか、R-Body の荒井さんとか、さっき言った Best Performance Lab の桂さんだったり、A-yoga 動作学の山本邦子さんとか、近藤拓人さん、アニマルフローの Jin さん、川合さん、沓脱先生が講師陣としている、超豪華なフェスティバルがあるんですよね。3日間の合宿で。そこで講師として教えるのも、もちろん呼ばれた以上はちゃんと仕事をするんですけど。日本のトップの方々が1カ所に、しかも違う分野でいるから、彼らからもらうバイブスとかインスピレーションも、すごいでかいだろうなって。

もちろんそういう現場でね、自分の Shinobi Movement を教えられることは、すごく名誉なことで嬉しいんですけど、それ以上に、その場の方々から、生徒さんも含めてもらうインスピレーションが、ものすごく楽しみ。

Satoko Horie:

すごい楽しみなこと、いっぱいありますね。

Masa Suzuki:

そうっすね、今年は、もうどんちゃん騒ぎですね。逆に、里子さんはあります?楽しみなこと。

Satoko Horie:

楽しみなこと、そうですね。私は今、ボストンにいるので。どのように、動きを持続可能な方法で維持するか、というところでコーチングをしてるので、マンツーマンのスタジオで。

なので、そのようなことと Baseworks でやってることを今後組み合わせていったり、Baseworks で今後も色々な形でコラボレーションしながら、コンテンツ配信していくことに力を注ぐことができればって思っています。

Masa Suzuki:

素晴らしい。

Satoko Horie:

こんなディープに Masa さんとお話できて、すごく私、嬉しいです。本当にありがとうございます、今日は時間作ってくださって。

Masa Suzuki:

こちらこそ、全然、いえいえ。

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