動くということは、変わるということ

AUTHOR: 堀江 里子

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“お腹が空いたから、いま食べる必要がある。でも、いま体を動かす必要があるということには、なかなか気づかないんだ。いま体を動かさなければ、数時間後には問題になる。そして数年後には、取り返しのつかない問題になるんだ。” – イド・ポルタール

動くことは、自然なこと。動く生き物として生まれ、這い回りながら全身を用いて世界に触れようとする赤ん坊だったのに、社会のなかで大人となっていく過程で、私たちはいつの間にか、動くという極めて本質的な存在から次第に遠ざかった状態になっているのです。あたりまえの日常生活における動きが、ほぼすべてといっても過言でないほど、便利な機械の類によって、いとも簡単に外注されている現代的ライフスタイルを送っているならば、なおさらのこと。

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動きの再発見

生活の中に動きを取り戻す必要があるという認識は、わたしの場合、2004年に切迫した形であらわれた。家という箱から、電車という動く箱に乗り、オフィスビルという箱のなかにある区切られた仕事スペースという箱で業務をこなし、再び動く箱に乗り、家という箱の、寝室という箱で寝るという、終わりなき繰り返しに発狂しそうになり、電車通勤を止めた、あの瞬間。わたしの小さなレジスタンス(抵抗)は、この時に始まったのでしょう。まずは家とオフィスの間を徒歩で行き来し、毎日違う小道を歩き、変わりゆく季節を体感し、歩くことをとおして動きを再認識していったのです。

以来、歩くことに自転車を加え、Baseworks Practiceをすることと泳ぐことは日課となり、定期的にコンタクトインプロビゼーション、ダンス、ハイキング、スノーボード、最近ではスノーシューハイキングなども加え、いまに至る。正直なところ、子どもの頃から運動音痴で、体はカチコチで貧弱、体育は大の苦手でありながらも、競争で負けたり評価されることは負けず嫌いな性格から大嫌い。仮病をよそおって体育は見学するタイプで、スポーツからは縁遠い。それでいて、独りで静けさのなかで泳ぐことは昔から大好きで、10代の頃のデンマークとケニアでの生活をとおして深めることができた大自然のなかで歩き動き踊るということは、いまでも自分の大切な一部だったりする。それ故に、競技やスポーツ以外の領域で、比較されたり批判されたりする恐怖から解放され、純粋に動きを楽しむことができる世界があるということに気づいたとき、動きが持つ無限大の世界を再発見することができたのです。

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独創性をもたらす瞑想的空間

動きが委ね与えてくれるものは、とてつもなく深く広いもの。どんな動作であろうと、毎日の動きの日課の組み合わせが確実に身体を変え、つよさ、しなやかさ、バランス、持久力を高め、より元気で活発な状態へと導いてくれる。とはいえ、最も意義深いのは、わたし自身のあり方、考え方への大きな影響力。それは結果として、わたしの生産性、効率性、独創性に影響を与え、それがモノサシとなり、自分の状態を把握することができるのです。

どんな動きであろうと、動きの世界に没頭する瞬間、わたしは圧倒的な静けさと静寂さに呑み込まれていくのです。身体への強烈なフォーカスと集中力が、頭のなかの果てしないノイズを削ぎ落とし、次第に何もない空っぽでクリーンな空間に突入することを可能にする。真っ白なスケッチブックを前にして、ドローイングを描き始める、あの瞬間に等しい感覚。外の世界と時間の観念が遠く曖昧に、無意味なほどに歪められ、動きを重ねるほどにフツフツと、潜在意識の奥底から考えや記憶が散発的に湧き上がってくるのです。ある意味この過程は極めて瞑想的で、それでいて、すぐさま形にできるアイディアや独創性のヒントをわたしに垣間見せてくれるものなのです。

もちろん、錯乱する考えと爆発する感情で頭がいっぱいで、空っぽな静寂さからは程遠い日もあったりして、確実に動きの質感が影響されたりもする。けれどもこの苛立たしい状況は同時に、わたしの不安定な精神状態を把握する絶妙な機会でもあり、ラッキーであれば、その状態を動きをとおして解放すこともできたりするのです。人との対話において、もっとマインドフル(この瞬間自分が体験していることに意識を向けることができる状態)であれるよう、これらをシグナルとして効果的に用いることができるまでには、まだまだ時間がかかるかもしれない。けれども、日常的に自分をモニターすることができる手段に巡り会えたことは、素晴らしいことだと思っています。

プロセスを楽しむ

わたしたちは必ず、どこかの時点で、何においても初心者だったのです。だから、いま、この瞬間からに始めることは、決して「遅すぎること」ではないはず。電車通勤を止め、歩くことを決意して動きの持つ意味を再認識した瞬間をわたしは忘れることはないでしょう。始まりは、最寄駅の代わりに、最寄駅の隣駅まで歩くという、些細で単純なことであっていいのです。そこから始めて、次第に違う小道や道順を試してみることへ、そして少しずつ遠くまで、そしてもしかしたら、試してみようとすら思ったこともない動きの領域に足を踏み入れてみる。視点を変えてみて、毎日ちょっと違うことを試してみたり、自分を驚かせてみるという遊び心を大切に、プロセス(過程)を楽しんで。動くということは、変わるということ。動きとは、内なる変革の引き金なのです。

写真クレジット: パトリック・オアンシア

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